捻向《ねじむ》けて行き交《ちが》う。稽古《けいこ》の三味線《しゃみせん》に人の話声が交《まじ》って聞える。洗物《あらいもの》する水音《みずおと》も聞える。赤い腰巻に裾《すそ》をまくった小女《こおんな》が草箒《くさぼうき》で溝板の上を掃いている。格子戸の格子を一本々々一生懸命に磨いているのもある。長吉は人目の多いのに気後《きおく》れしたのみでなく、さて路地内に進入《すすみい》ったにした処で、自分はどうするのかと初めて反省の地位に返った。人知れず松葉屋《まつばや》の前を通って、そっとお糸の姿を垣間見《かいまみ》たいとは思ったが、あたりが余りに明過《あかるす》ぎる。さらばこのまま路地口に立っていて、お糸が何かの用で外へ出るまでの機会を待とうか。しかしこれもまた、長吉には近所の店先の人目が尽《ことごと》く自分ばかりを見張っているように思われて、とても五分と長く立っている事はできない。長吉はとにかく思案《しあん》をしなおすつもりで、折から近所の子供を得意にする粟餅屋《あわもちや》の爺《じじ》がカラカラカラと杵《きね》をならして来る向うの横町《よこちょう》の方《ほう》へと遠《とおざ》かった。
 長
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