間《ま》もなく、ちりんちりんと格子戸の鈴の音がした。長吉は覚えず後《あと》を追って路地内《ろじうち》へ這入《はい》ろうとしたが、同時に一番近くの格子戸が人声と共に開《あ》いて、細長い弓張提灯《ゆみはりぢょうちん》を持った男が出て来たので、何《なん》という事なく長吉は気後《きおく》れのしたばかりか、顔を見られるのが厭《いや》さに、一散《いっさん》に通りの方へと遠《とおざ》かった。円い月は形が大分《だいぶ》小《ちいさ》くなって光が蒼《あお》く澄んで、静《しずか》に聳《そび》える裏通りの倉の屋根の上、星の多い空の真中《まんなか》に高く昇っていた。
三
月の出が夜《よ》ごとおそくなるにつれてその光は段々|冴《さ》えて来た。河風《かわかぜ》の湿《しめ》ッぽさが次第に強く感じられて来て浴衣《ゆかた》の肌がいやに薄寒くなった。月はやがて人の起きている頃《ころ》にはもう昇らなくなった。空には朝も昼過ぎも夕方も、いつでも雲が多くなった。雲は重《かさな》り合って絶えず動いているので、時としては僅《わず》かにその間々《あいだあいだ》に殊更《ことさら》らしく色の濃い青空の残りを見せて置きなが
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