腹、竹竿《たけざお》なぞが、逸早《いちはや》く月の光を受けて蒼《あお》く輝き出した。忽ち長吉は自分の影が橋板の上に段々に濃く描き出されるのを知った。通りかかるホーカイ節《ぶし》の男女が二人、「まア御覧よ。お月様。」といって暫《しばら》く立止った後《のち》、山谷堀の岸辺《きしべ》に曲るが否や当付《あてつけ》がましく、
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※[#歌記号、1−3−28]書生さん橋の欄干《らんかん》に腰|打《うち》かけて――
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と立ちつづく小家《こいえ》の前で歌ったが金にならないと見たか歌いも了《おわ》らず、元の急足《いそぎあし》で吉原土手《よしわらどて》の方へ行ってしまった。
長吉はいつも忍会《しのびあい》の恋人が経験するさまざまの懸念《けねん》と待ちあぐむ心のいらだちの外《ほか》に、何とも知れぬ一種の悲哀を感じた。お糸と自分との行末……行末というよりも今夜会って後《のち》の明日《あした》はどうなるのであろう。お糸は今夜|兼《かね》てから話のしてある葭町《よしちょう》の芸者屋《げいしゃや》まで出掛けて相談をして来るという事で、その道中《どうち
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