ゅう》をば二人一緒に話しながら歩こうと約束したのである。お糸がいよいよ芸者になってしまえばこれまでのように毎日|逢《あ》う事ができなくなるのみならず、それが万事の終りであるらしく思われてならない。自分の知らない如何《いか》にも遠い国へと再び帰る事なく去《い》ってしまうような気がしてならないのだ。今夜のお月様は忘れられない。一生に二度見られない月だなアと長吉はしみじみ思った。あらゆる記憶の数々が電光のように閃《ひらめ》く。最初|地方町《じかたまち》の小学校へ行く頃は毎日のように喧嘩《けんか》して遊んだ。やがては皆《みん》なから近所の板塀《いたべい》や土蔵の壁に相々傘《あいあいがさ》をかかれて囃《はや》された。小梅の伯父さんにつれられて奥山の見世物《みせもの》を見に行ったり池の鯉《こい》に麩《ふ》をやったりした。
 三社祭《さんじゃまつり》の折お糸は或年|踊屋台《おどりやたい》へ出て道成寺《どうじょうじ》を踊った。町内一同で毎年《まいとし》汐干狩《しおひがり》に行く船の上でもお糸はよく踊った。学校の帰り道には毎日のように待乳山《まつちやま》の境内《けいだい》で待合せて、人の知らない山谷《さ
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