《がが》も、百姓などしねえげ、まだまだ死ぬのでなかったべ……」
 彼は、若くして死んだ愛妻の死の前後を、その哀しむべき半生を心の中で思い描いた。――それは菊枝を生んで間もなく、当然床の中に臥《ふ》していなければならないうちに、ちょうどそれが田植えの時期だったので、無理に田圃へ出たのがもとで、産褥《さんじょく》熱が昂《こう》じ、ひどい出血の後に、忙しい時期にお産をしたことを気にもみながら、夢見心地のうちに死んで行ったのであった。
「俺、月給取るようになったら、毎月なんぼかずつでも家さ送って寄越しべと思って……」
 それは菊枝の真情《まごころ》であった。彼女は、同級の誰彼が、みんないろいろの方面へ進んで行って、自分一人が野良に残されたことを悲しく思いはしたが、決して父親の苦しい生活を忘れてはいなかった。自分自身を救うと同時に父親をも、いやそれよりも自分を捨てて父親を助けねばならない……そういう気持ちから受験を思い立ったのであった。
「そんなことは心配しねえでも、まあ、みっしり勉強して……試験を受げさ行ぐ時の旅費ぐらい、父《ちゃん》がなんとかしっから、こっそり行って受げて来い。」
「俺、父《
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