継母は台所の方から出てきて、罵《ののし》りを含んだ微笑に口を歪《ゆが》めながら言った。
 菊枝はその言葉がぎくりと胸にこたえた。が、彼女はちらりと睨むような視線を走らせたきり、尚も項垂れて黙り続けた。
「ようく聞いて置いでな、菊枝! 今おめえに稼ぎを休まれたら、父《ちゃん》が一人で、どうもこうもなんねえんだから……」
 こう言う祖母の表情は、ことにその眼は、菊枝の心に温《あたた》かな、しかも涙ぐましい影を落とした。
「そんでもこんでも、試験を受げて見っと言うのなら仕方がねえげっとも、ほんどき、旅費も何も自分で心配《すんぺえ》しんだでや。俺は、不賛成なごどには金ば出さねえがら……」
 父はこう言って煙管を敲《たた》いた。
「そんなごと無《ね》えんだから、早く稼ぎさ行ぐ支度をしてはあ……」
 祖母は傍らから、庇護《かば》うように言った。
 菊枝は渋々と立ち上がって、だが、すぐに山ゆきの支度にかかった。

     三

 菊枝はすっかり沈んでしまって、細い山路をのぼる時から、父親の踵《かかと》のあたりに視線を下ろしたきり、全く黙り続けていた。松三は、どうかしてこの不快な沈黙を破りたいと、
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