の眠っている部屋の方へ、太いどら声で呼びかけた。
「菊枝! 菊枝! もう、午《ひる》になってはあ! もう、てえげに起きだらいかべちゃは。」
 こう祖父は、幾度となく呼び起こした。けれども、彼女は、すやすやと眠っているらしく、なんとも答えなかった。
 彼女が自分自身の時間を惜しむ近頃の癖《くせ》から、もう一つは口やかましい祖父に対する反感から、眠り果てぬ眠りを装《よそ》うているのだということは、祖母も母も感付いていた。が、母は、彼女の真実の母でないという遠慮から、彼女を起こしに行くだけの大胆さはなかった。祖母はまた、軒の下や庭に散らばっている塵を掃き蒐《あつ》めながら、揺り起こしに行こうか、いま揺り起こしに行こうかと思いながらも、また一方では、自分の娘以上に手をかけて育てた子供だけに、ただの一分間でも余計にじっと寝かして置きたいような気がした。
「本当に、今時の娘達は気儘《きまま》なもんだ。」
 祖父はとうとう独り言を始めた。
「夜は夜で、夜業《よなべ》もしねで、教員の試験を受けっとかなんとかぬかして、この夜短かい時に、いつまでも起きてがって、朝は、太陽《おてんとさま》が小午《たぼこ》に
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