きたいんですけど」
彼女はいきなり門衛に言った。
「松島さんの、何を、ですと?」
「あの、昨夜は夜業をしたんでしょうか?」
「ここは他の工場と違って、夜業をやらないです」
「まあ! 変ですわ。では、松島の死体はどうなっているんでしょう?」
彼女は門の前で経験した気持ちをもう一度繰り返しながら、叫ぶような調子で訊《き》いた。
「松島さんの死体とね? 松島、重三郎《じゅうざぶろう》さんですかね?」
「松島重三郎の死体、どうなってるんですの?」
「松島さんが死んだというんですね? 瀕死《ひんし》の怪我人とか死骸《しがい》ですと、夜中でない限り裏門から出ませんでな。門衛のほうの名簿ですと、松島さんは昨日限り退職されたことになっておりますがね」
門衛は落ち着いて帳簿を繰るのだった。
「では、どなたに訊《たず》ねたら分かるんですの?」
「明日にしてください。明日もう一度来て、監督さんに会ってください。工場にはもうだれもいませんから」
頑丈な鉄格子の門の奥には、黒い大きな建物が鯨のように横たわっているだけだった。
もし死んだのが本当なら、殺《や》られたのだ! 殺られたのだ?――彼女はだんだ
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