女などには分からぬものと決めている夫を憎んでいるのだった。
 その日の夕方、また雑役夫の親父さんが工場の帰りに寄ってくれた。
「今朝はな、おれは工場からの使いだったので本当のことを話せなかったんだどもな。松島さんのことをよ」
「今朝だって、工場から来たんじゃないんでしょう? 松島はどこかへまた、みんなを集めるんでしょう」
「うんにゃ! 人の話だども、それがひでえんだよ。うん、ひでえんだという話だよ」
「本当に、では、怪我をしたんですね」
 彼女は意外だというようにして訊《き》き返した。
「それが、怪我ぐれえのとこならいいのだがよ、こちらの松島さんは機械に食われてさ、胴がまるで味噌《みそ》のようになったんでねえか! 人の話だがよ。おれは見ねんだどもな」
「そのこと、ほんとなんですの?」
 彼女は胸がどきっとした。考えてみるとこの瞬間、彼女の全身の血が夫に対する愛情と生活上の問題との間を、最大急行列車のピストン・ロットのように急速度の往復運動をしたのに相違なかった。
「人の話で、おれは見ねえんだどもよ」
「そんなことを言って驚かさないでください。松島はいままで本にばかり齧《かじ》りついてい
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