いが来た。今度は少年工でなく、年寄りの雑役夫だった。
「お! こちらの松島さんはよ、昨夜《ゆうべ》、夜業をして怪我《けが》をしてな。うんで病院のほうへ行ったからよ、そのつもりで心配しねえでいてくれ」
「怪我をしたんですって? ひどく怪我をしたんですか?」
「おれは見なかったんでな、どの程度だかよく知らねえが、大したことじゃあるめえて。とにかくよ、心配しねえでてくれってことだから……」
「で、その病院って、どこの病院なんでしょうね?」
「さあ? おれには分かんねえがな。とにかくよ、心配しねえでてくれってことだから……」
 雑役夫の親父《おやじ》はそれだけ言って、帰っていった。彼女は雑役夫の伝えてきた夫の行動を信じなかった。自宅にも帰れないほどの怪我をしているのなら、病院の名を知らせないはずはないと思ったからだった。
 彼女はその日一日じゅう、内職の手袋編みが少しも手につかなかった。そして、彼女は夫を憎んだ。結婚をしてから幾度となく繰り返された経験だった。しかし、彼女は苦しい生活のことを考えてくれずに仕事を休んでいる夫を憎んでいるのではなかった。会合のことといえば秘密にして、そういうことは
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