あなた! あなた! あなた」
 彼女は夫を追いかけた。眠り人形のように眠りつづけている赤ん坊を抱いて、彼女は駆けられるだけ駆けた。
 敷石道は地球儀の腹のように碁盤縞《ごばんじま》を膨れ上がらせていた。街の高層建築はその両側からいまにも倒れそうな鋭角の傾斜を見せて、円形・三角・楕円形《だえんけい》・四角、さまざまな帽子の陳列のように頭を並べていた。
 列から乱れている一つの小さな楕円形の頭の建物の前で、彼女は黒い服を着た男に捕まった。
「何をするんです? 放してください! 放してください!」
 しかし、黒い服の男は彼女を放さなかった。彼女は犬に咥《くわ》えられた鳥のように暴れ回った。黒い服の仲間は銀色に光る長い棒をがちゃがちゃさせながら、幾人も寄ってきた。彼女はそれが朝田の手足であることを悟って、いまのうちにどうかして逃げようと焦った。
「放してください! 何をするの? 放してちょうだい?」
 彼女は黒い服の仲間から逃れようとしてさんざん暴れた。その手を滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に引っ掻いてやった。が、黒い服の仲間はどうしても彼女を放さなかった。そればかりでなく、黒い服の仲間は彼女から赤
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