のあまりに泣いていたのだった。
「坊や! 坊や! 病気が治ったの? 治ったの? 坊や! よかったわね」
彼女はぐったりとしている赤ん坊の頬をぶるんぶるんさせてあやしたけれども、赤ん坊は気持ちよさそうにぐったりと眠りつづけていて、決して笑いだしもしなければ目さえも動かさなかった。
「坊や! どうして笑わないの?」
「小母さん! 赤ちゃんはね、赤ちゃんはね……」
少女は啜り泣きながら、何か言おうとしていた。そこへ鳥打帽が覗《のぞ》き込んだ。彼女の夫だ。赤ん坊の父親なのだ。彼女の手からは逃げつづけていても、自分の子供の顔は見たいのだろう。あれほど忙《せわ》しく逃げていたのがいつの間にか戻ってきて、赤ん坊の顔を覗き込んでいるのだ。
「あなた! まあ、あなたという人はなんて方でしょう? さあ、逃げ回ってばかりいないで、少し坊やを抱っこしてやってちょうだい」
彼女は夫に赤ん坊を突きつけた。夫は怪訝《けげん》そうな目で彼女を見た。土佐犬のような顔! が、その犬のように尖《とが》った口を急に侮蔑《ぶべつ》の笑いに歪《ゆが》めて彼女の夫は駆けだした。
「あなた! 逃げちゃ駄目よ! どこへ行くの?
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