彼女はドアの陰に隠れた夫を追って、飛び出していこうとした。
「どうしたというんだ? え?」
 朝田は彼女を掴まえて、無理にもベッドのほうへ連れていこうとした。
「放してください。放してください」
 彼女は朝田を曳《ひ》き摺《ず》るようにして荒れ狂った。
「どうしたというんだ? え? きみはそれじゃ、さっきの築港の技師にもそうしたのかい? 困るじゃないか?」
「放してくださいったら!」
 彼女は暴れ回った。彼女は朝田の手を引っ掻いた。彼女は朝田を突き飛ばしておいて、廊下に駆け出した。しかし、夫の姿は見えなかった。彼女は白い足袋|裸足《はだし》のまま、すぐに夜の街上へと駆け出していった。

 彼女は街角で夫に突き当たった。いつの間にか和服に姿を変え、ソフトを目深に冠《かぶ》っていた。彼女はその袂に掴まった。と、彼女の夫は何をするんだ? というような目をして、邪険に彼女の手を振り切って走りだした。彼女は追いかけた。次の四辻街《よつつじがい》まで走っていくと、横から自動車が疾走してきた。その中に、彼女の夫が外套《がいとう》の襟に顔をうずめるようにして葉巻を燻《くゆ》らしていた。彼女は大声に夫を
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