に疲労し切った眠りから頭を擡《もた》げたとき、彼女の夫はいつの間にかそこにはいなかった。彼女はたった一人で、ダブル・ベッドの上に犬のように丸くなって寝ていたのだった。彼女は驚いて辺りを見回した。
 しかし、さきほどの出来事は決して夢ではなかったのだ。彼女は何もかもはっきりと記憶している。――最初、朝田が彼女をこの部屋に待たしておいたまま、いつまで経《た》っても戻ってこなかった。彼女は一時間ぐらいは我慢して椅子《いす》にじっと腰を下ろしていた。しかし、熱を出している赤ん坊のことを考えると、全身がぞくぞくしてきた。彼女は動物園の熊のように、部屋の中をぐるぐると歩き回った。彼女はもうたまらなくなってきた。彼女はドアというドアに突き当たってみた。いずれも固く閉まっていた。彼女はどうしても出ようと考え、必死にドアと闘った。そうしているうちに、彼女は北側の窓の上部には金網の張ってないのを見つけた。彼女はテーブルに乗って、そのガラスを一枚|叩《たた》き割った。しかしそこからは首しか出なかった。首を出して街上を見おろすと、偶然にも彼女の夫が通っていた。彼女は夫を大声に何度も呼んだ。夫は上を見上げて手を
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