人情も知らない資財の傀儡! そのとおりだと彼女は思った。自分の取引きのために、他人を人身御供《ひとみごくう》にするようなものではないか? そんなことを思って彼女は無理にも自動車を降りようかと考えた。
「とにかく、どうだね? その男に会って話してみる気はないかね? ついでだから」
「せっかくでございますけど、今日は急いでおりますからこのまま失礼させていただきます」
「結婚をする段になりゃ費用はむろん、全部わしのほうで出してあげるがね。……もっとも、近ごろの新しい女は堅苦しい女房よりも気楽な妾宅《しょうたく》暮らしのほうを望んでいるそうだが……」
 自動車は江東ホテルの玄関へ横に着いた。
「すぐだから……」
 朝田は自動車を降りて受付へ行った。そして、ふた言三言の立ち話をして戻ってきた。
「ちょっと、降りていらっしゃい。すぐなそうだけれど、ここに待っていてもつまんないから、お茶でも飲んで……」
「いいえ。わたしはここで失礼させていただきます」
「いや、同じことだから、みっともないから」
 彼女は仕方なく自動車を降りた。そして、駆り立てられるようにしてホテルの階段を上った。
 彼女が泥のよう
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