すとも。まあ、その証拠に、明日か明後日までにお骨を届けますから」
「灰を見ても、わたし、やっぱり信じられないだろうと、なんか、そんな気がしてなりませんのよ」
「とにかく、これは慰藉料、これは口止料というわけで、それから、これは給料の残り分です」
 監督は三つの封筒を彼女の前に押し出して帰っていった。

 松島の骨を彼の郷里に埋めて、彼女はまた東京に出た。葬式を済ませて帰ってみると、あのとき貰《もら》った金はもはやいくらも残ってはいなかった。彼女は毎日毎日、朝早くから夜更けまで手袋編みを続けた。そして、彼女の生活はだんだんと苦しくなっていった。
 彼女はときどき松島のことを思い出して啜り泣きをした。死んだ夫を哀《かな》しむという気持ちからではなかった。彼女は夫の骨を埋めてきていながら、それでもまだ夫がどこかに生きているように思われて、それを待ちつづける寂しい気持ちに泣かされるのだった。――あの時、工場から届けてくれた夫の骨を、疑えば彼女はいくらでも疑えるのだった。
 彼女のそういう生活の中へある日、この前の工場監督が訪ねてきた。社長のところへ産まれた赤ん坊の乳母になってくれないかというの
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