家のためと思って、どうぞ他の職工たちに知れないようにしていただきたいって……」
 監督はそう言って、また一つの封筒を取り出した。
「国家のためですって? ずいぶんおかしいんですのね。松島の死んだのを隠していて国家のためになるのなら、それは黙っておりますとも」
「なにしろ、それを聴きますと他の職工たちが嫌がるもんですから、まあ、士気が鈍るというようなわけで、それで、なるべくはあなたに、どこかここから遠いところへ引っ越していただきたいとも思うんです。ここにあなたが一人でいれば、松島くんの死んだことが長い間にはしぜんと分かってきますから」
「それは困ります! それは困りますわ。わたしはこれから手袋編みだけで食べていかねばならないんですから、引っ越すわけにはいきません。引っ越せば職を失ってしまうのですから」
「もし越してくださるなら、その分も会社から金が出るはずになっていますがね」
「松島は、本当に死んだんですか?」
 彼女はやはり、松島はどこかへ行っているのではないかと思った。どこかへ行っている間に自分に引っ越させて、何もかも掻き消そうとしているのではないかと考えたのだった。
「それは本当で
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