だった。
「なにしろ社長が、相当の教養があって、身体《からだ》も健康で、そのうえに美貌《びぼう》でなければいかんというものですから、いくら探してもいなくて困ってたんですよ。ちょうどそこへあなたを思い出したものですから……」
「まるで、お嫁さんを探すような条件ですのね。そんなむずかしいところへ、わたしのような者でいいんですか?」
「あなたなら、文句なし! です。実は、あなたのところへ来ます前に、ちょっと社長へ話してみたんですがね。ところが、社長はあなたを気の毒に思っているものですから、ぜひあなたを頼もうということになりましてね」
「では、まいりますわ。ほんとにわたしのような者でいいんでしたら?」
 彼女は謙遜《けんそん》の気持ちに、謝意をさえ含めて答えた。監督の、乳母を職業としている者にでも対するような挨拶《あいさつ》には、彼女はもちろん愉快ではなかったが、しかしそれをすら押し除《の》けて、彼女は特に自分を引き抜いてくれたという社長の情義に飛びついていった。
「じゃひとつ、相互扶助というわけでぜひともお頼みします。お礼はいくらでも出すと言っているんですから……」
 彼女はその翌日から朝・
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