てあった。廊下の日向《ひなた》には、善三が、猫の午睡所を占領していた。
「善三があ? 善三。」
お婆さんは、低い嗄《しゃが》れた声で、障子にうつる影に呼びかけた。
善三は、青い篠竹《しのだけ》を三本切って来て、何か拵《こしら》えようとしているのであった。昨日の午後、お婆さんから蜜柑を買って来るように言い付かって、五銭白銅を二枚持って出て行ったきり、そのままお婆さんのところへ寄り付かなかったのであったが、もうそのことも忘れているらしかった。
「昨日な頼んだ蜜柑はやあ? 善三。」
「蜜柑、どこにも、無《ね》がった。」
「蜜柑が無がったあ? ほして、銭はやあ?」
「蜜柑が無がったがら、俺、飴玉《あめっこ》買った。」
「咽喉《のど》渇いて仕様ねえがら、蜜柑買わせっさやったのに、飴玉など買って……ほして、その飴玉はやあ? 汝《にし》あ、一人で食ってしまったのがあ?」
お婆さんは、粥鍋《かゆなべ》の方へ行こうとする三毛の足を引っ張りながら、ぶつぶつとこぼした。
「一人で食《か》ねえちゃ。貞ど菊さもやったちゃ。」
「この野郎は、ほうに、仕様のねえ野郎だ。」
その言葉の中には、幾分の愛情が籠《
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