んでは、これでいいが婆さん。」
 お美代は、持ち上げられて隙間の出来た布団を、上から押し付けてやった。
「死んでも忘れねえぞ、お美代。」
「寒ぐねえが、婆さん。」
「なあ、お美代、大崎さは行ぐなよ。なんでもいいから、楽の出来っとごさ行げ。俺死ぬ時、汝《にし》は、町場さ嫁にやるように遺言《ゆいごん》して死ぬがら……」
「俺、大崎など、死んでも行がねえ。婆さんは、まだ枕こんなに濡らして。」
 お婆さんの枕は、またぐっしょりになっていた。お美代は自分の手拭いを四つに折って敷いてやった。彼女の眼にも熱いものが湧いて来た。低声《こごえ》の会話の中に、鼠の走る音と、家人の鼾《いびき》の音とが折々はさまれていた。

     五

 感激が祟《たた》って、お婆さんは夜明けまで興奮し続けた。うつらうつらとまどろみかけたのは、それからであった。
「ナア! ナア!」いう細い消え入るような声で、眼が覚めた時には、短い日はもう十時を廻っていた。
 枕元には、いま障子の破れ穴から飛び込んで来た三毛が、ぶるぶるっと毛繕《けづくろ》いして、ものほしそうに鳴いていた。猫の鼻先には、粥《かゆ》の土鍋と梅干の器物が置かれ
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