った。
「耕! 耕! 耕や!」
伝平は馬の肩を撫でながら、そんな風に言っていることもあった。
「伯楽は、なんのつもりで、馬を買ったんだべ? 馬を遊ばせて置いて、伯楽は自分で重いものを背負っているじゃねえか? 自分で馬を持ったことねえもんだから、惜しくて、使われねえのじゃねえか?」
部落ではそんな噂《うわさ》をしていた。いくらかそんな気持ちもあるにはあったが、伝平夫婦には、馬が伜の耕平に見えて仕方がないのだった。女房のスゲノも、涙がじめじめとわけもなく出て来るときなど、馬小屋へ行っては、馬の肩を撫でながら、一時間でも二時間でも馬の眼を視詰めていた。
*
併し、農事が忙しくなると、やはり、飼ってある馬を使わずにはいられなかった。雑木山からの薪運びに、伝平は、初めて馬を使役に曳き出した。むろん、馬に、乗る気になどはなれなかった。腰を曲げるようにして、崖《がけ》の上の細い坂路を、馬を曳いて上って行った。
伝平はそして、荷を、軽目に積んだ。併し、馬は、暫く荷を張られなかったので、荷を積んで曳き出すと、一脚ごとに鞍を揺《ゆ》す振《ぶ》った。そして、崖の上の下り勾配《こうばい》
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