電柱に身を凭《もた》せて、寂しい気持ちでカフェの入り口に眼を据《す》えていた。そこで姉の帰るのを待っていようという気持ちが、無計画ながら伸子のなかには動いていた。
「電車が無くなるじゃないか。」
 和服の青年が、大声《おおごえ》にそんなことを言って、カフェの中から駈《か》け出して来た。伸子はその向こう側の光景に驚かされて、電柱のかげへ逃げ込むようにして廻った。
「――では、今夜はこれで帰らしてあげるから、明晩、きっといらっしてよ。」
 美佐子であった。逃げ出した和服の青年の後を追って、道路へ出て来てそう叫んだのは、たしかに美佐子であった。扉に片手をかけて、げらげらと笑いながらその青年を見送っているのは、たしかに美佐子であった。
 伸子はひどく突きのめされた気持ちで、ふらふらとそこを歩き出した。姉の美佐子が、まさかそんなところに、そんな職業に従事していようとは想像さえ及ばなかったのだ。

     七

 眼が覚めて見ると、伸子は頭が痛んでいた。姉の美佐子が、昨晩とうとう帰っては来なかったので、彼女は冷たい朝飯《あさめし》を食べて学校へ出て行った。併し伸子は、ひどく頭が痛むので、二時間だ
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