けで帰って来た。寝ないでは堪《た》えられそうもなかった。
「あらっ!」
伸子は扉を開いた瞬間に、低声《こごえ》ながら、思わずそう叫んだ。誰もいまいと思ったその薄暗い部屋の中に、姉の美佐子と活動へ伴《つ》れて行ってくれたあの青年紳士とがいたからであった。――美佐子はベッドの上に腹匐《はらば》って、青年紳士はその頭のところへ立って。――青年紳士は蟇口《がまぐち》から何枚かの紙幣を掴《つか》み出してベッドの上に並《なら》べているところであった。
「じゃあ、またそのうち……」
青年紳士はそう言ってあっさりと帰って行った。
「伸ちゃんの意地悪《いじわる》! 私が誰のためにこんなことをしていると思うの? 私が好きでこんなことをしていると思うの?」
美佐子は投げつけるようにして怒鳴った。
「決して私が堕落したんでなんかないわよ。食べて行かれなければ仕方がないじゃないの? 伸ちやんの意地悪! 意地悪! 意地悪!」
美佐子は叫びながらとうとう泣き出してしまった。
[#地から2字上げ]――昭和五年(一九三〇年)『蝋人形』十二月号――
底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
1984(昭和59)
前へ
次へ
全11ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング