いた。
「約束の時間より、一時間も過ぎているんだよ。」
 青年紳士のそんなことを言う声がして、扉はバタンと閉まってしまった。そして美佐子と青年とは扉の外で囁《ささや》き合《あ》っていた。しばらくすると、美佐子だけが、微笑《ほほえ》みながら部屋の中へ這入《はい》って来た。
「会社の方なのよ。これから、活動に伴れて行ってくれるって言うの。伸ちゃんも一緒に行かないこと?」
「私、一緒に、行ってもいいの?」
「いいも悪いも無いわ。私よりも、伸ちやんを伴れて行って上げようって言うのよ。さあ! 早く支度をなさいよ。」
 美佐子は急《せ》きたてるようにして言った。そして、彼女は大急ぎで顔の白粉《おしろい》を掃《は》き直《なお》しにかかった。
「随分《ずいぶん》時間がかかるんだね。」
 青年紳士は、そんなことを言いながら部屋の中へ這入って来て、煙草を燻《くゆ》らし燻らし歩き廻った。

     五

 映画館を出たときには五時を過ぎていた。美佐子はひどくそわそわしていた。青年紳士は、ゆったりと、煙草を燻《くゆ》らしながら地面を蹴るようにして歩いた。
「伸ちゃん! ちょっと。」
 美佐子は立ち止まりなが
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