苺の花は、既に茅《かや》の葉にこぼれかけていた。無理に一言の形容を求めれば、緑の地に花を散らした大きな絨毯《じゅうたん》であった。そして、開拓されたところは黒々と、さながら墨汁をこぼしたかのように、一鍬|毎《ごと》に梅三爺の足許から拡がって行った。
「父《おど》! この木、惜《いだま》しいな。熊苺の木だで……」
養吉《ようきち》は鎌で、小さな灌木を叩いて見せた。
「ヨッキは、まだそんなごとばり。そんな木、なんぼでもある。」
「なあ、父《おど》!」
五歳《いつつ》になるよし[#「よし」に傍点]が追従《ついしょう》した。
養吉は、ちらとよし[#「よし」に傍点]の方を睨むようにしたが、自分も否定していたと言うように、すぐに惜し気もなく鎌を入れた。
養吉は三年前に母を失って以来、父の自分を呼ぶ呼び方によって、父の気持ちを解することが出来た。「ヨーギャ」と呼ぶ時は、一番寛大な時である。「ヨーギ」と呼ぶ時も、「ヨギッ」と呼ぶ時も、まだそれ程おそれることはないが、例えば今のように、「ヨッキ」と焦げつくように言う時、もしそれに少しでも抗《さから》ったら、すぐに黒土を打付《ぶつ》けられるのに相違
前へ
次へ
全25ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング