いっちが、ほんでも帰《けえ》って来ることが出来ねえのだぢゅうでや。なんちたって、生まれだ土地が一番いいがんな。何《なん》が無《ね》えたって……」
話が暫く途絶《とだ》えた。市平も何も言わなかった。ただ涙含ましい空気が漂《ただよ》った。
「ほんでは父《おど》、俺《おら》、毎月《まいげつ》五円ずつ送って寄越すから。――毎月五円ずつ。」と言って市平は、顔の火照《ほて》るのを覚えた。
「そうが。ほんでは、父《おど》も辛抱して、汝《にし》あ出世して帰《けえ》るまで、ほんの少しでも、自分の土地だっちもの買って置くがんな。」
彼等は、永小作の土地だけでは満足が出来なかった。――市平は何も答えなかった。併し、悲しい別れは再び約束された。
五
梅三爺はなかなか暇がなかった。せっかく市平が帰って来たのに、そして再びの北海道行きが約束されているのに、ゆっくりと話をする暇も無かった。薄暗い小屋の中に市平を残して。やはり唐鍬を担《かつ》いで朝早くから出て行かなければならなかった。
「少し休んだら? あ、父《おど》!」
市平がこう言ったのは、彼が帰って来てから三日目の朝だった。
「ほんでもな、天気がいいがら、少し稼いで来《こ》んべで。――まだ、話は晩にでも出来んのだから……」
「俺《おら》は父《おど》、明日の朝|出発《たつ》のだで。」
「明日の朝? 魂消《たまげ》た早えもんだな。もう少しいでも宜《よ》かんべどきに……」
梅三爺は爛《ただ》れた眼をぱちくりさせながら、一度手にした唐鍬を置いて、炉傍《ろばた》に戻って来た。そして煙管《きせる》をぬき取った。
「ほだって、俺も忙しいがんな。みんな待ってべがら。」
「なんぼ忙しくたってさ。」
梅三爺は少しむっとしたようであった。
「天王寺の竜雄さんなんざ、百姓に限るって、あの人達こそ百姓などしねえでもいい人達なんだが、ほんでもあれ、生まれた土地がいいどて、ああして帰《けえ》って来てんのだぢあ……。どういうわけだべな? 汝《にし》は、他国さばり行ぎだがって……。俺《おら》もこれ、近頃は弱ってしまって……」
梅三爺の爛《ただ》れた眼には涙が湧いて来た。それが静かに頬の上にあふれて来つつあった。
「俺《おら》だって父《おど》、好ぎで行ぐわけでねえちゃ。竜雄さん等みてえに、自分の好ぎなごとしていで、ほんで暮らしが出来っこったら、父ど
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