た現在の市街地は、まるで自分に関係のない場所となって行った。
殆んど自給自足に近い生活をしている甚吉は、自分の収穫物を、市街地へ売りに行くと云うようなこともなかった。時折に、荷車を曳いて人糞をあげに行くだけが、以前に自分の住んでいた部落との纔《わず》かな繋がりであった。
併し又それが、以前の小作人仲間と自分との気持を、纔かながらに繋ぐ機縁となっていた。甚吉は人糞をあげに行って、どうかすると、工場通いをしている人達に行き会うことがあった。そして、昔のことや現在のことや未来のことに就いて立話をした。けれども、重次郎に行き会って立話をするのは、それ以来今度が始めてであった。
「おめえの方はどうだえ? 甚さん、その後の具合は……」
重次郎は機嫌よく微笑んでいたが、その顔には、何処となく憔悴した影が流れていた。
「うむ。俺の方はまあ、どうにかやってるが、なあに、相変らず追われ通しだ。おめの方はどうだ? 少しは景気がいいのか?」
「景気がいいどこじゃねえ。悪くて仕様がねえよ。日給一円八十銭で、家族七人と来ちゃ、景気のいい筈がねえじゃねえか? そんで、近近のうちに何んかおっ始まりそうなんだよ。
前へ
次へ
全23ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング