、それは、斯うしてこれから、住宅地を貸すことにして、どんどん部落へ人を呼ぶんですよ。そうするてえと、部落はどんどん発展して来る。私達は地代がどっさり這入るし、あんたがたは商売が繁栄するってことになるじゃありませんか?」
「それはそうですね。じゃ一つ、御援助を願って、商人になりますかな。」
「俺の言ったのは、そう云う意味じゃねんだ。今に言わなくたって、わかるときが来るさ。一体全体百姓を廃めて、皆んな商人になれなんて、何処の世界にそんな馬鹿な話があるんだ。」
二
南向きの斜面は、雑木林の腕の中で、耕地から住宅地に整理された。
混凝土の泥溝《どぶ》をもった道路が、青い雑草の中に砂利の直線で碁盤縞に膨れあがった。碁盤目の中には、十字に椹《さわら》の籬《まがき》が組まれた。雑草は雨毎に蔓延《はびこ》って行った。荒地野菊が地肌を掩い、姫昔蓬《ひめむかしよもぎ》が麻畠のように暗い林になって立った。蓼《たで》は細いちょろちょろの路をあけて、砂利の上にまで繁った。
「われわれから取上げやがって、ああして荒して置けあどうだと云うんだ。借手のつくまで、耕させて置けあ、幾らかなりの収穫《みいり》があんのに……」
そこの土地を取上げられた小作人達、甚吉等はそれを見て、吐き出すように罵った。
併しこの場合は、地主達三人は、借手の要求のままに耕作中の畑の一隅を分割していたのでは、二重にも三重にも損なことを体験していた。彼等は私《ひそ》かな戦術をもって、一本の「住宅地分割貸地」の棒杭に合同したのだった。
「ちょっと考えると、斯うして遊ばして置いちゃ損なようだがね。なあに、町が直きそこまで拡って来てんのですもの。三人が一緒になって頑張ってれあ……」
「斯うして置けあ、なあに、一年も経たねえうちに、もう、皆んな住宅になって了いまさあ。」
そこで地主達に残されてある一つのことは、そこの住宅地を市街地に繋ぐ道路の計画であった。
「どんなにしても、二間道路よりゃ狭く出来ますめえが、坪十円で売って貰うことにしても……」
「馬鹿馬鹿しい! あんた! 道路にする土地を買っていられますか? 買手があって、われわれの方から売るんなら別問題ですがね。われわれは寄附して貰うんですな。」
「寄附して貰えるもんなら、そりや、勿論、それに越したことはありませんがね。」
「そこですよ。あんた!(土地の発展のため!)と云うことで、店を出したがってる奴等をあおるんですなあ。尤も、そうなれば、われわれの住宅地へだけ引張ると云うわけには行きますめえ。その辺へ二三本、余計な道路も引張らなくちゃね。」
「それで寄附してくれますかな? 一坪幾らって、皆んな勘定していますからなあ。」
「なあに、皆んな寄附しますよ。百姓を廃めて、店を出したがっている奴等ばかりですもの。店を出すにあ、どうしたって、自分の地所続きに賑かな道路がほしいですからなあ。」
三
市街地は黒い雲のように、青い耕地の上へ、日に日に幅広く這出した。
そしてこの黝《くろず》んだ膨らみの中で、嵐のような叫び声がひっきりなく続き、市街地は耕地の真中へと千切れて行った。家……家……家…家、家、家。住宅が出来、商店が開かれ、工場が建って、市街地の黒い雲は、青い耕地の中の破片に繋がり、続き、そこを直ぐ黒い市街地にして了うのだ。すると、直ぐ又、その膨らみの尖端から黒い破片が千切れて飛び、黒い雲がその破片に向って幅広く這出して行く。同じことが繰返され、繰返され、萎縮を知らない膨脹が続いた。
道路は先ず市街地から住宅分割貸地へ、第一の幹線が通された。併し、地主達の予定通り、それだけでは済されなくなって来た。そこえら一帯の自作百姓達は、誰も彼も、自分の地所の中に道路を通したい希望を持っているからであった。
「土地の発展のためだ。五十坪や百坪、道路にされたって仕様ねえ。」
彼等は進んで道路のための土地を寄附した。その新道を前にして、新しくその附近へ移り住んで来る人達を相手の、新しい店を開こうと計画しているからであった。そして更に、新道を控えたその辺一帯の土地が耕作価値から所有価値へ、無限に騰貴して行くからであった。
そのために、市街地から住宅分割貸地への四間道路を幹線にして、そこから直角に走る二間道路が、幾本も幾本も開かれた。
「馬鹿馬鹿しい! 土地を寄附してまで道路を開かせてさ。自分の耕す土地を無くなすなんて……」
斯う言って小作人の甚吉は、白い眼でそれを見るようにした。
「だって、あの人達は、その方が得なんだべから……」
「得かも知んねえが、得だから得だからで、耕す土地を皆んな町場にして了ったら、人間は一体、何を食ってればいいんだよ? 町場になって、工場が出来たからって工場からは食うものが出来めえ?
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング