そう云うと俺ばかり馬鹿に食意地が張ってるようだが……」
「工場から、食う物は出来ねえか知んねえが、俺、工場さでも行って働くより仕様がねえ。耕す土地がねえのだから、どうも仕様がねえからな。」
耕作価値が急に所有価値に変り、所有価値が暴騰したために、却って職を失った耕地を持たない小作百姓達は何れにしても土地の発展を欣《よろこ》んではいなかった。
「われわれ、百姓でありながら、始めっから土地を持ってねえのだから、どうも仕様がねえ。働く分にゃ、畠だろうが、工場だろうが、何処で働いたって同じことだろうから。」
「それさ。われわれの暮しにだって、工場で出来たものも必要なのだからな。」
「俺、工場さ行くだ。百姓が出来なくなっても、俺、工場でせえ使って貰えば、それでいいだ。」
四
畠の中に開かれた平坦な新道は、雨の降る毎にひどくぬかった。わけても、雨の降り続く季節には苗代のような泥濘になった。
その新道端に店を開き、所有地を住宅のために貸してそれで生活をして行こうと云う人達は、新道へ砂利を敷くための寄附金を蒐《あつ》めに奔走した。
部落内の農家へは、自作百姓の豊作と栄三と金平とが雨の降る日毎に廻った。
「どうもよく降りますね。新道は、まるで泥田のようですよ。それで一つ。住宅の人達にも寄附して貰って、砂利を敷き度いと思うんですが、幾らでも、お思召しで結構ですから寄附して頂き度いと思いましてね。」
豊作が先ず斯う、燥《はしゃ》いだ口調で切り出したのであった。
「砂利を敷くんですって? わたしゃあ、砂利を敷いた道路を歩くのあ大嫌いでさあ。わたしの歩くどこだけ、細くあけて置いて貰いますべ。砂利を敷いたごろごろ路ばかりあ、わたしゃあ、何んと思っても嫌いでさあ。」
斯う言って甚吉はその寄附を撥付《はねつ》けた。彼は、極端に土地の発展を嫌っているのだ。彼は何処までもじみに百姓を続けて行こうと思っているからであった。
「冗談は冗談として、住宅の人達にも気の毒ですし、土地の発展のためですかんね。」
「商売でもやろうて者にゃ発展かも知んねえが、われわれ小作百姓にゃ、その反対でさあ。これまで作っていた地所は、やれ工場の敷地に貸すの、やれ住宅に貸すのと言っちゃ、片端から取上げられるし、砂利を敷いた道路の真中で百姓が出来るものでねえしさ、ね。」
「併し、いくら百姓だからって、道路を歩かねえってことはねえんですからね。」
「だから、わたしゃあ、砂利の敷いてねえどころを歩きますあ。どうせ、道路いっぱいには、敷くわけであんめえからね。何処の道路だって、泥溝際のどころは少し残してあるもんだから。」
甚吉は煙草を燻していて、彼等の方には見向きもしなかった。
「じゃ、甚さんは、自分の土地が、発展しようがしまいが、構わねえってんだね?」
金平はとうとう角のある語調で言い出した。
「構わねえようだねえ。」
「構わねんだね? そりゃ、一体、甚さん、どう云うわけかね?」
「何んのわけで、そんなことまで調べるんだね? 一体その寄附っての、何処から出た話なんだね? 手前達が、勝手にきめて来て、俺が寄附しねって云うの、手前達にせえわかったら、そんでいいじゃねえか?」
「まあまあ、甚さん、そう腹を立てねえで……」
栄三が顔に微笑を刻みながら宥めた。
「面白くもねえ。人を調べるようなことしやがって……」
「では又、気が向いたら寄附して貰うとして……」
栄三は腰を上げながら言った。
「向かねえようだね。わたしゃあ、何時まで経ったって……」
五
併し新道には間もなく砂利が敷込まれた。砂利を敷くための寄附金など、最早、彼等に取っては問題でなかったのだ。寄附ではなく、彼等に取っては、一種の投資であった。店を開くための、土地の所有価値を暴騰させるための投資であった。
部落の形態はそこで完全な分散作用を開始した。誰も彼も半自給自足の素材生産から足を洗って、扮飾術師になり、消費者になろうとして。
先ず、新道端に店が並び、畠の中に住宅が出来、工場が建って、耕地は急に市街地の形態を整えかけ、積極的な機構をもち出した。丁度これは、膨脹しつつある団雲に近付いて行く一片の雲に似ている。膨脹しつつある機構に合体するためには、矢張、膨脹しつつ近付いて行かねばならないのだ。
耕地はそうして市街地に変って行った。其処から自分の生活資料を掘出していた百姓達は、当然のこと、他の職業に転ずるか、何処かの耕地へ移って行かなければならないことになって来た。
「いよいよ賑かになりましたな。斯うなると儂等《わしら》の家も、どうもあのままじゃ置けねえようですよ。目障りで……」
河上は地主仲間に言っていた。
「一つ、お屋敷風に建てかえるとしますかな? この町中さ、茅葺は、どうもね。
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング