さり喰べたと云うわけでもあるまい。」
「人口が殖えたからであります。」
「うむ。それもたしかに一つの原因だ。はいっ!」
「田舎の人が、百姓を廃《や》めて、誰も彼も町へ行って商人になるからであります。」
「それもあるだろう。他に……」
「工業が発達して来たからであります。」
ガザガザアン!
凄まじい音が建築場で撥ねた。混凝土捲揚機の樋がはずれたのだ。空で鳴っていたクレインの音が止み、人夫等が呶鳴《どな》り合い騒ぎ合った。
「おおっ!」
「どうしたんだろう?」
生徒達は総立ちになって窓に眼をやった。
「騒ぐんじゃない。騒ぐんじゃない。」
教師は鞭を撓《たわ》めながら、教壇をおりて、ゆっくりと窓際へ歩み寄って行った。
一
部落《むら》の中央部に小高い台地の部分があった。
台地の一帯は、南向きの斜平《なだらか》な斜面《スロープ》になっていた。そして、西から北にかけては、厚い雑木林がうねっていた。その青い雑木林のところどころから、黒い杉杜がぬいていて、例えば空から続く大きな腕のように、台地の斜面を抱き込んでいた。
赭土の飛沫を運ぶ春先の暴風に、自然の屏風を備えたこの地帯は、部落中での優良な耕作地であった。此処に三人の地主が巣を喰い、八九家族の小作百姓が生活の大半を托していた。
処が、耕作のために年十五円で貸していたその土地を、坪当り月五銭で借り度いと云う借手が出て来た。住宅地にするのである。十五円の貸地代は、一躍八十円にまで飛んだ。
貸地代によって生活している地主達にとって、耕作価値など全然問題ではない。彼等の知っているのは、所有価値だけである。その土地が、どんな目的に使われようと、唯地代が多ければ地主達はそれでいいのだ。彼等は何んの躊躇もなしに、小作人達からその耕作地を取上げ、そして更に地代を上げて、借手の出るのを待つことにした。
「併し、われわれはどうすればいいんだ? 手前等は、そんで地代が余計這入って来るようになったからよかんべが、一体、われわれは何処から食う物を掘出せばいいんだ?」
斯うそこの小作人達は叫んだ。
「けれども、私等にしたところで、月十五円で貸してくれと頼まれている方を断って、年十五円の方の口さ貸して置かねばならんと云うこともあるまいからな。せめて、あんたらが、その三分の二位の地代でも出してくれると云うのなら格別として……」
群山は、他の二人の地主に代って返事を与えた。
「馬鹿馬鹿しいっ! 百円からの地代払って、地代分だけも儲けられしめえ! 群山さん。そんな馬鹿なこと、あの禿頭にでも教えられたのかね?」
甚吉は太い腕を、胸の上に腕組みながら言った。群山の話の口調が、彼の地所に家を建てた男にそっくりであったから。
「併しね。此処へ、別に働かねえでも段当り百八十円からの金が湧いて来るってえのに、そこを畠にしていたんじゃ、全く勿体ねえですからなあよ。」
「勿体ねえ? ハハハ……」
重次郎が笑い出した。地主の野本は、笑い出した小作人の青年を、怪訝《けげん》そうに視詰めた。
「勿体ねえって云うんなら、住宅にすんのこそ勿体ねえ話だ。畠にして置けえあ、それこそいろんな食う物が湧いて来るのにさ。住宅にして了ったら、せえぜえ、塵埃《ごみ》が関の山だべ。」
「併し、黙って腕組みしていて、百八十円ずつの地代が這入って来んのですかんな。」
野本は斯う反駁した。
「幾ら地代が這入ったって、地代がその土地から湧くもんじゃあるめえがな。他所で働いて取って来る金じゃねえか?」
「何れにしろ、私等の懐中さ這入る分にゃ同じことだから、地主としちゃ、やっぱり地代のいい方さ貸すことになるね。全く、借手の誰彼を問題にしちゃいねえんだ。問題は、唯、地代なんだから……」
群山はそう言って頭から小作人達を抑えつけた。土地の使用目的から、地代で及ばない小作人達は、それ以上言葉ではもう何も出来なかった。
「お気の毒ですが、まあ、此処の地所はそう云うわけですから、あんたがたも一つ、百姓なんかやめて了って、商売でも始めたらどんなものでしょうね?」
河上が微笑みかけながら言った。この穏やかな地主の言葉に対しては、誰もさからわなかった。
「それさね。」
「そう云うことになれば、何んかで、出来るだけのことはいたしますから。店を開くと云うような場合には……」
斯う河上は更に付け加えた。
「資本金《もとで》でもあれば店も結構だが、われわれ、どうして商売など始められんべ? 工場さでも通うより仕方がなかんべ。」
「そこですよ。私の言っているのは……勿論、大したことは出来かねますがね。まあ、及ぶだけのことは……」
「併し、皆んな商売をやり出したら、一体、誰が買うんですかね?」
甚吉は煙草に火をつけながら、皮肉らしく言つた。
「ですから
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