持ちから、余計に働いて帰るつもりなのだった。
 社を出るときには、電燈の光がなければもう暗かった。彼女はそれから市ヶ谷見付に出て、新宿までは省線、それから京王電車で初台まで行くのであったが、満員の電車は、十時間あまりの労働でひどく疲れている彼女の上に、なお同じほどの疲労を押し付けずには置かなかった。
 彼女の家は停車場から六七町ほどのところにあった。そこで、彼女の、今年《ことし》四つになる女の子と、頭の白い母親とが食卓を前にして彼女の帰りを待っているのだった。
 彼女は急いだ。最早《もはや》今夜も、母親は恵子を膝の上に乗せて、白い頭を振り振り、身体《からだ》を揺《ゆ》す振りながら、「お母《かあ》ちゃん、帰るかと、見て来よかあ? 門《かど》に出て、お母ちゃん、見ていよかあ?」を唄っている頃だった。彼女は疲れた足を急がした。
 明るい商店続きの町を出外《ではず》れると、そこから二三町ほどの間は、分譲住宅地として取り残されている荒れ野原だった。三枝子はそこを斜めに横切るのだった。秋草の上には夜霧が最早しっとりおりていた。そして秋蟲がその中に鳴いていた。
 荒れ野原はすぐに小住宅区域に続いてい
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