た。とそこの、三つばかり先のテーブルに、二十七八の美貌の婦人が、綺麗な左手の指を撓《たわ》めながらこっちを視詰めていた。彼はその婦人に向けて眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。彼の全身はその婦人の指の恍惚感に沸騰した。
婦人は、彼の視線ですぐ横を向いてしまったが、暫く前からこっちを視詰めていたに相違なかった。そして彼女は、彼のした話のすべてを聞いたのだ。彼のした動作《どうさ》のすべてを視たのだ。彼はそれを感じて、指環を誇りながらあらゆる女の指を貶《けな》した今の自分を、その婦人の前に恥ずかしく思った。
婦人は悠長に、左の肘をテーブルの上に立てた。そして手首を鶴の首のように曲げてその上に頤《あご》を載せた。顔の白粉が手首の上に映るようだった。それから婦人は、左の手で器用にマッチを摺って、煙草《たばこ》に火をつけた。彼女の手の一本一本の指は、繊細な神経を持った生物のように動くのだった。
「お待ち遠うさま。」
給仕女がコーヒーを運んで来た。指の間に煙草を挟んだ婦人の手は、魚のように敏捷に角砂糖を撮《つま》んだ。そして婦人は銀のスプンで茶碗を掻《か》き廻した。婦人
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