悲哀との中で第二の手を探し始めた。綺麗で立派な手! 白い優雅な指! 併し彼の求める指、その指環の求めるような指は容易になかった。彰子の友人達の、立派な指のためにピアニストを志したという人達の指さえ、ピアニストになりきった現在では、常にワン・オクタアブを敲《たた》いているような、ひどく不格好な骨張った指になっていた。
 彼は、だが彰子の指を忘れられなかった。そして、現在の彼の感興を惹くものは、美しい指の他にはないのだった。

 短い指の女給が、綺麗な指をしているという他のウエイトレスを伴《ともな》って戻って来た。
「参りましたわ。この人の指なのよ。」
 彼は一瞬間、その女の顔を睨《にら》むようにして視詰めた。そして無言で、すぐにその手を握った。細長い靭《しなや》かな白い指だった。
「駄目よ。私の指なんか。」
 彼は尚もその指を視詰め手を視詰め続けた。甲の方は相当に綺麗だが、掌《たなごころ》の中に、薄赤い連銭模様があり、それが赤棟蛇《やまかがし》の脇腹のように、腕の上にまで延びていた。彼はその手を投げ出すようにした。
「駄目だ! 指はまあ……」
「だから、初めから駄目だと言っているじゃない
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