イの上を走る白い指には、どんな指環が最もよく調和の美を描き出してくれるだろうか? 彼の巴里での三年間に亘る空想の翼は、常に彰子の美しい指の上に拡げられていた。
巴里での三年間が終わりに近付いた或る日、彼は突然、彰子が危篤だという日本からの電報を受け取った。動き出した電車に飛び込むような場合ではあったが、彼は彼女と約束した指環のことを忘れなかった。
彼はこの急場で三つの指環に魅力を感じた。彼は映画のタイトルを読むような気忙《きぜわ》しさで、この三つのうちから、最も清楚《せいそ》な感じの、最も高価な指環を選んだ。それは素晴らしく大きな青光りのダイヤと、黄金の薔薇の花束から出来ていた。精巧な彫刻の施された二束の薔薇には、その蕾や花として無数の真珠と青光りのダイヤが鏤《ちりば》められ、その両尖端の五六枚の葉先が、何の意味もなく、その素晴らしく大きな青光りのダイヤを支えているのだった。
併し彼がその指環と共に、シンガポール沖で、ピアノのキイの上を走る彰子の綺麗な指に、その素晴らしい指環の輝く芸術的な雰囲気を空想の中に味わっていたころ、彰子はもう死んでいたのだった。
彼は落胆《らくたん》と
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