の? さあ、私が指を見せて上げた代わりに、あなたの持っている指環を見せてよ。」
「指環はいくらでも見せてやるがね。」
彼は再びチョッキの内ポケットから指環を取り出して女給の手に渡した。
「まあ、なんて綺麗な立派な指環なんでしょう。」
「この小さいのも、皆んな真珠とダイヤだわよ。」
彼女達は顔を寄せ合わせて指環を観賞した。
「幾ら立派でも綺麗でも、どうせ指環なんてものは、第二義的なものさ。綺麗な指に嵌《は》めてこそ価値があるものなんだ。」
「凄いわね。」
「私、なんだか、恐いようだわ。この指環!」
「恐い? 立派な指さえ持っていれば、恐くなんかありゃしないんだ。さあ、いいかげんにして返してくれ。」
指環は燦然《さんぜん》と輝きながら彼の手に戻った。
「この指環の恐くないような指を持った女は、この東京中にいないんだ。みんな、つまらない指を持った女ばかりだ。」
彼は叫ぶように言って、指環をチョッキの内ポケットに蔵《しま》った。そして、冠っていたソフトを取ってテーブルの上に叩きつけた。
「一人として、素晴らしい指を持った女がいないなんて……」
彼は唇を噛みしめるようにしながら横を向いた。とそこの、三つばかり先のテーブルに、二十七八の美貌の婦人が、綺麗な左手の指を撓《たわ》めながらこっちを視詰めていた。彼はその婦人に向けて眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。彼の全身はその婦人の指の恍惚感に沸騰した。
婦人は、彼の視線ですぐ横を向いてしまったが、暫く前からこっちを視詰めていたに相違なかった。そして彼女は、彼のした話のすべてを聞いたのだ。彼のした動作《どうさ》のすべてを視たのだ。彼はそれを感じて、指環を誇りながらあらゆる女の指を貶《けな》した今の自分を、その婦人の前に恥ずかしく思った。
婦人は悠長に、左の肘をテーブルの上に立てた。そして手首を鶴の首のように曲げてその上に頤《あご》を載せた。顔の白粉が手首の上に映るようだった。それから婦人は、左の手で器用にマッチを摺って、煙草《たばこ》に火をつけた。彼女の手の一本一本の指は、繊細な神経を持った生物のように動くのだった。
「お待ち遠うさま。」
給仕女がコーヒーを運んで来た。指の間に煙草を挟んだ婦人の手は、魚のように敏捷に角砂糖を撮《つま》んだ。そして婦人は銀のスプンで茶碗を掻《か》き廻した。婦人
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