操三郎は、山茶花の樹の下から、平三爺の寝ている部屋の前の方へ歩いて行った。長作は、手をかけてまで引き止めるわけに行かないので、ただ、その男の後に跟《つ》いて行った。長作にしては、その一本の山茶花よりも、稲扱き機械の方を欲しいのは勿論だった。しかし長作は、父親の気持ちをないがしろにしてまでは望み得なかった。
「此方《こっつ》の家の爺つあま。病気はどうでがす?」
 平三爺は、なんとなく、聞き覚えのある声のように思って、寝床の上に腹這いになった。
「ね、此方《こっつ》の家の爺つあま。――」と操三郎は、縁側へ長くなり、顔を障子の側まで持って行った。その二度目の声で、平三爺は、稲扱き機械を売って歩く、町の操三郎だということがわかった。
「爺つあん!」と長作が、そこの障子を開けた。
「ね、此方の家の爺つあま。」操三郎は縁側へ腹這いになって、平三爺に話しかけた。「機械一台ど、どうでえす? あの山茶花の樹ど、取《と》っ換《け》えまえんか?」
「それさな?……」
 平三爺は、口をもぐもぐと動かしながら、げっそりと肉の落ちた面を伏せて考え込むようにした。そして、やがてまたその窶《やつ》れ果てた血の気のな
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