さんの植えたものであったが、平三爺の、長い労苦の生涯に、慰めのものとして残ったのは、僅かに、この一本の山茶花に過ぎなかった。この一本の山茶花のほかの何ものをも残し得なかった生涯、六十何年間の、血のにじむような、労苦に満ちた人生だったとも言えるのである。
 重苦しい雰囲気の中で、三人は黙り続けていたが、長作は煙草入れを腰にさして炉傍《ろばた》を立った。
「爺《じん》つあんの、薬さ混《ま》ぜる砂糖、万の野郎が、みんな舐《な》めでしまって無くなったげっとも……」と、おもんは、相談するように言った。
「砂糖なんかいらねえぜ、おら。薬だもの、嚥《の》み辛《づら》いのなんか、仕方がねえ。」
「卵が、なんぼか溜《た》まってる筈だべちゃ。そいつでも売らせてや。うむ、万の野郎に売らせで。」
 長作はこう言い残して、また納屋の方へ出て行った。

 平三爺は、重い溜め息を一つ吐《つ》いて、幾日も敷き続けられてある万年床へと立って行った。おもんも跟《つ》いて行って、破れて綿のはみ出ている布団《ふとん》を掩《おお》い掛けてやるのであった。そしてなお、上から押し付けたり、その辺《へん》に脱ぎ捨てられている衣類を、
前へ 次へ
全12ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング