かり残した指紋が、奴の致命的な落度となったわけだ。それにしても、僕はまだ、君が、星田代二の素性をどうして看破したか、そのいきさつを聞いていないんだけれど、よろしかったらどうか――」
 内心の侮辱を忍びつつ、これも、所謂《いわゆる》『教養階級』の虚飾的な外交辞令であった。
「そのことなら――僕ア、星田代二という探偵作家の出現当時から疑惑の眼を向けていたのだよ。君も、僕と星田が飲友達だってことを知っているだろうが、元来、僕が星田に近づいて行ったのも、なんとかして奴の尻尾をつかまえたいという遠大な志を抱いたからなんだ。しかし、彼とてしたたか者、なかなかどうして尻尾をつかませるようなへまをやるもんか。で、すっかり手を焼いてしまった僕は、幾度、その執拗な志を抛棄《ほうき》しようと思ったかわからないんだ。しかし、あの、七年前の煽情的な事件を思い出すと、投げようとする僕の中《うち》に、又、新な勇気が湧き起るのだったんだ。ところが宮部京子事件の起る三日前の晩、君もすでに知っている通り、銀座裏のカフェで飲んでいた星田と津村と僕とは、星田に脅迫状めいた手紙を書いたとおぼしき二人連の男女に会ったんだが、その
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