れをやるのでもなかった。道楽に過ぎなかった。併し今となっては、可哀想だと思っても惨酷だと思っても、自分が生きるために豚を屠ることを職業としなければならないかも知れぬ境遇となっていることを思うと、自分のことながらも哀れになる程の、三四年という短い間の自分の境遇の変わり方が、あまりにも激しい変わり方だった。
 彼は現在の自分を、この首の無い蜻蛉のようなものだと思った。そして強い刺激に遇うごとに、局部の神経が僅かに動いているだけであった。
 かなり資産のあった自分の家が破産して、親の胸から離れて実社会に飛び出して来てからは、実社会には、何等の武器的才能を持たない者を引っ掛けるために、一面に美しい蜘蛛の巣が張られていて、その見取り難い蜘蛛の巣に引っ掛かったが最後、蜻蛉程の力と勇気とを持って、その巣から遁《のが》れたにしても、すぐにその弱者の首を持って行く者がその下に待っているのであった。ああ局部の神経を強い刺激によって僅かに動かし得る首無しの蜻蛉となってしまったのだ……。
 死! 死! 恐ろしい死……。一度堕落のどん底に沈んだ青年の彼は、実社会には死んだ人間であらねばならないのだ。どこへ行った
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