義だろう。自分を欺《あざむ》かない意志だろう。生きるための唯一の路だろう……。
俺《おれ》もこのまま就職口が見つからなかったら、屠殺場に[#「屠殺場に」は底本では「屍殺場に」]行って豚殺しをやる気になるだろう……と彼は思った。だがそれは、蜘蛛が巣を張って蜻蛉や蛾や蝶を捕って食うのとは幾分趣を異にしている。丁度《ちょうど》人間が網を張って魚を獲ったり鳥を捕《と》ったり、鉄鉋で獣を撃ったりする様なものだと彼は考えた。それなら彼は大好きである。あの可愛《かわい》らしい兎や鳩や、その他の動物を殺すことを少しも可哀想だとは思わなかった。それは人間の征服性の興味が、慈悲心を超越しているからであろう。だが職業として毎日多くの豚を屠《ほう》ることは、可哀想だ惨酷だという気がして出来なかった。
未《ま》だ田舎にいた時分、彼は鉄鉋で兎を撃った事があった。そして兎の苦しむのをまのあたり熟視した。けれどもあまり可哀想だとは思わなかった。ただ無暗《むやみ》に嬉しく父母の前に飛んで来てそれを見せた。その時代の殺生は、可哀想だからと思えばそのまま止《よ》すことが出来たのだ。何等生活に不安があるのでも、職業的にそ
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