ている奴を、薪割《まきわり》のようなやつで、額《ひたい》を一つガンと喰《くら》わせると、ころりっと参ってしまいまさあ、それを骨切り鋸《のこぎり》で、ごそごそっと首を引けば、それであんたの役目は済んだというものですよ。それを一日に五匹もやっつければ、いいやっつけ方でさあね。」
「豚って、そんなにもろいものですか。」
「ええ。全くもろいでさあね。――まあ、やって御覧なさいよ。日に三匹も殺して、日給弐円ももらえば、随分いいやね。先方では、月給に定めてもいいし、一匹殺して幾らと定《き》めてもいいと言っているんですから……。まあ、やって御覧なさいよ。」と、仲田はすすめた。
「随分いい話ですけれど、まあ、明晩まで考えさせて下さい。ちょっと気が引けますから……。」と、言って彼は仲田と別れて、その帰りに、自然美で有名な井之頭の公園に廻って見たのであった。
彼は池のほとりを静かに歩きながら、屠殺場の場面を種々に頭の中に描いて見た。厭《いや》がってヒンヒンと鳴いては後去《あとずさ》りする豚を無理矢理に枠の中に引っ張り込んで繋ぐ……、尚も悲鳴を上げて泣き続けているのに、大きな薪割様《まきわりよう》の刃物で、ガンと額に一撃を喰《く》わせる……、するとその額から鮮血が、弾《はじ》かれたように迸《ほとばし》り出て、四辺《あたり》のものが紅に染められる。また血はそこに働く人々の白いシャツにも飛沫《しぶ》きかかる……、豚はそこにころりっ[#「ころりっ」に傍点]と倒れて屍《しかばね》となる。それを両腕鮮血にまみれながら、鋸でごそごそひき切る。――彼はこうした場面を想像で頭の中に描いて見ると、どんなに金になっても、豚を屠《ほう》ることは厭だった。血まみれになって働く穢《きたな》さよりも、あの無邪気な生き物を殺すのが厭だった。生活のためにはどんな事でもする覚悟でいたのだが、自分が食うために豚を屠るのは……その藻掻《もが》き苦しむ酷な有様を自分の手によって醸《かも》し、それをまのあたり凝視《みつめ》るのは……。
彼は池のほとりを一巡りしてから、杉木立の中に足を入れて見た。日曜毎に東京から押し寄せて来る多くの人々の足に蹂《ふ》み躪《にじ》られて、雑草は殆んど根絶えになり、小砂利まで踏み出されている地面から、和《なご》やかに伸びた杉の樹は、太い鉛筆を並べ立てたかと思われる程真っ直ぐな幹を美しく並べ揃え、目
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