?」
 房枝はなんとも答えなかった。ただじっと、鈴木女教員の顔を見詰めた。
 固唾《かたず》を呑《の》むようにして房枝の席のほうを見詰めていた生徒たちが、ひそひそと囁《ささや》きだした。房枝が拾ったのではないだろうか? そんなことが囁き交わされているのだった。
「房枝さん、あなた本当に知らないのね」
「…………」
 房枝は小刻みに顫《ふる》えながら頷《うなず》いた。
「では、まあ、あなたは病気なのだから、宿直室へ行って休んでなさい。……ね。さあ、一緒にいらっしゃい」
 鈴木女教員はそう言って、房枝を連れて教室を出ていった。

       5

「まあ、そこへお坐《すわ》んなさい」
 房枝は宿直室の片隅に坐らせられた。
「房枝さん。あなた、吉川先生の蟇口、ほんとに知らないこと?」
 鈴木女教員は机の上に両腕を這《は》わせながら訊いた。しかし、どんなに突っ込んで訊いても、房枝は微《かす》かに顫えながら彼女の顔を見詰めるだけだった。彼女の気持ちはますます焦《じ》れていった。
「もしお金が欲しいのならお金は先生が上げますから、吉川先生の蟇口はお返しなさい。……ね、もし蟇口はもうどこかへやって
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