をなくしてしまって……」
「まあ、お落としになったんですか? ポケットへお入れになっておりましたの?」
「確かに入れておいたはずなんだが……」
「では、一応わたしのほうの生徒にも訊いてみましょうか?」
 鈴木女教員はそう言って、教壇へ戻った。
「さあ、ちょっとペンを置いて。こっちを見て。……吉川先生が蟇口をおなくしになったそうですけど、みなさんのうちに拾った方はありませんか? 拾って、先生に届けようと思っていて、まだ届けずにいる人はすぐ先生のところへ持っていらっしゃい。……いますぐに先生に届ける人は、その人は正直な人です。たとえ拾ったものでも、その、その人は、泥棒……」
 ここまで話したとき、一人の女生徒、千葉《ちば》房枝が机の横にばたりと倒れた。
「どうしたの? 房枝さん! どうしたの?」
 鈴木女教員は慌てて教壇から下りていった。房枝は静かに起き上がって、真っ青な顔をしておどおどした目で鈴木女教員の顔を見詰めた。
「どうしたの? まだ頭が痛むの?」
 房枝は鈴木女教員の視線を避けるようにしながら、静かに首を振った。
「ではどうしたんですの? あなた、吉川先生の蟇口を拾わなかったこと
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