は生徒たちに言って聞かしたのだった。
「田中くん、だったかな、あの吉川先生の洋服、犬が咥えて落としたのを見つけて窓へかけてやったというのは? きみがあの時、ついでにこの蟇口を見つけてくれればなにも問題は起こらなかったのにな」
 高津校長は寂しい微笑を浮かべて言った。
「とにかく、これを吉川先生のところへ持っていって、安心させてやらなければいけない。気にかけているんだろうからな」
 こういって、高津校長はその晩、吉川先生を訪ねていった。
 高津先生は隣村へ行くその汽車の中で、当時のことを追想していた。

       10[#「10」は縦中横]

 学校の運動場に生徒がいなくなると、犬がのそのそと入ってくることは珍しいことではない。
 近所の農家の子犬が第七学級の教室の窓の下を通ると、窓から黒い洋服がぶらさがっていた。その詰襟の垢《あか》のついたカラーは三日月形になって覗《のぞ》いていた。
 三日月形というよりも、魚の形に近かった。
 色彩が鰊《にしん》に似ていた。
 とにかくも子犬は魚が引っかかっていると思った。子犬はその魚に跳びついて咥えた。一緒に洋服が落ちてきた。意外にも魚は魚の味
前へ 次へ
全31ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング