を持っていなかった。
 咥えて二、三度左右に振ってみたが、やはり魚の味は出てこなかった。
 咥えて振り回して歩いているうちに、子犬は蟇口を発見した。洋服を咥えて振り回しているうちに、そのポケットから落ちたのだった。
 子犬は一片の肉が落ちていると思った。貪《むさぼ》るようにして噛んでみた。
 これはカラーよりはいくぶんの味があったが、いくら噛んでも肉の味は出てこなかった。
 そのうちにふたたび詰襟のカラーが目についた。子犬は味のない肉を捨てて、魚のほうへ行った。そこへ一人の少年がばたばたと走ってきた。
 田中だった。
「この畜生! この畜生!」
 子犬は追われて魚を置いて逃げた。
「いつでも来やがる、この畜生め!」
 田中はなおも追いかけた。その時、田中の蹴った落ち葉が蟇口を覆い隠してしまった。子犬を追っていった田中は戻ってきて、洋服を窓にかけた。
 そこへ大勢の生徒が出てきた。吉川先生が落ち葉を集めて畑のほうへ運ぶように命令した。
 落ち葉の下になっていた蟇口はその時、落ち葉と一緒に運ばれていったのだった。



底本:「恐怖城 他5編」春陽文庫、春陽堂書店
   1995(平成7)
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