ち、お互いの愛情の交換は、その洋服のポケットの中で行われていたのです。吉川訓導はポケットの中に手紙を入れて、その洋服を運動場のほうから窓へかけていく。わたしは生徒のいない教室へ入っていって、内側からそのポケットの中の手紙を取り、自分の手紙を残してきたのでした。そしてわたしたちの恋愛は、六か月にわたって続いていきました。わたしはその間に、自分のすべてを吉川訓導に捧《ささ》げたのでした。しかし吉川訓導は、彼のすべてをわたしに与えていたのではありませんでした。
 最後に吉川訓導は、自分たちはどうしても別れねばならないことをわたしに告げてまいりました。許嫁《いいなずけ》の方があり、近々のうちにどうしても結婚しなければならないからとの理由でございました。わたしは潔く諦《あきら》め、彼の卑劣な過去を許してやろうと考えたのでございます。しかしそれと同時に、卑屈な吉川訓導は許すことのできない不道徳な行為をしていたのでございます。その卑屈な陰険な行為こそが純情な千葉房枝を殺し、わたしにこういう道を選ばせることになったのでございます。
 わたしが吉川訓導から、彼の結婚を告げた手紙を受け取ったとき、ちょうど
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