受け持っている教室の前を通らなければならなかった。吉川訓導はここまで来ると、きっと洋服を脱ぐのだった。そして、洋服の襟のところを掴《つか》んで窓枠を叩《たた》きでもするようにして、ばさりと打ちかけるのだった。
 しかし、吉川訓導が洋服を脱ぎ、脱いだ洋服を窓枠に打ちかけるのは農業の実習のときばかりではなかった。実習を見に行く途中、運動場で生徒たちと一緒に汗を流そうというとき、または体操の時間など、吉川訓導は始終シャツ一枚になるのだった。そして、脱ぐ前には何かを案ずるようにして中のもの検《あらた》めるのが例だった。それから大急ぎでボタンを外して、その洋服を窓枠に打ちかけるのであった。すると、ポケットはちょうど状差しのような具合に教室の中へ、窓の下の板壁に垂れ下がるのだった。

       2

 鐘が鳴りだした。正午になったことを知らせているのだった。吉川訓導は教科書を閉じた。そして窓外にちょっと目をやった。窓の外にはひどく落ち葉がしていた。とその時、吉川訓導の頭の中には芸術家的な仄《ほの》めきで、全然思い設けなかった一つの想念が浮かんできた。占めた! 今日もこれで洋服を脱ぐことができる
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