ち、お互いの愛情の交換は、その洋服のポケットの中で行われていたのです。吉川訓導はポケットの中に手紙を入れて、その洋服を運動場のほうから窓へかけていく。わたしは生徒のいない教室へ入っていって、内側からそのポケットの中の手紙を取り、自分の手紙を残してきたのでした。そしてわたしたちの恋愛は、六か月にわたって続いていきました。わたしはその間に、自分のすべてを吉川訓導に捧《ささ》げたのでした。しかし吉川訓導は、彼のすべてをわたしに与えていたのではありませんでした。
 最後に吉川訓導は、自分たちはどうしても別れねばならないことをわたしに告げてまいりました。許嫁《いいなずけ》の方があり、近々のうちにどうしても結婚しなければならないからとの理由でございました。わたしは潔く諦《あきら》め、彼の卑劣な過去を許してやろうと考えたのでございます。しかしそれと同時に、卑屈な吉川訓導は許すことのできない不道徳な行為をしていたのでございます。その卑屈な陰険な行為こそが純情な千葉房枝を殺し、わたしにこういう道を選ばせることになったのでございます。
 わたしが吉川訓導から、彼の結婚を告げた手紙を受け取ったとき、ちょうど千葉房枝は頭が痛むというので教室に休んでおりました。そして彼女は、見るともなしにわたしが吉川訓導の洋服のポケットを探っていたのを目撃して、わたしが何かものを取っているものと思ったのでございます。そしていよいよ蟇口のなくなった騒ぎになりますと、純情な彼女はわたしを案ずるのあまり、とうとう脳貧血を起こして倒れたのでございます。それを、なんと愚かなわたしの錯覚でございましたでしょう? きっと彼女がその蟇口を取ったものと思い込み、まるで拷問にかけるようにして訊こうとしたのでございます。しかし、純情であくまでわたしを慕っていた彼女は、とうとうわたしを罪人にすることができずにみずから自分の身を殺していったのでございます。(千葉房枝の純情は、彼女が彼女の父親に書き残した手紙をお読みくださいませ)
 そして、千葉房枝がわたしの名誉を気づかいながら書いた遺書によりますと、吉川訓導の蟇口はわたしが取ったことになっておりますが、前にも申し上げましたように、それは、わたしがポケットから手紙を取ったのを目撃した彼女の錯覚で、実はわたしでもなかったのでございます。その名誉はわたしが死をもって証明すると同時に、さら
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