じゃ。気が向いたら描いてやる。」と老人は言った。
 父は母に言いつけて、綿入れの古いのを一枚出さして彼にやった。老人は悦んで、初めて微笑を浮かべたようであった。
「それでは頂くとする。わしは、もう一度生まれて来るのじゃ。それだから、再度生《にとせ》、再び生まれるという名を使っているのじゃ。今度生まれて来たら、おまえさん方へ、この恩は返す。絵もその時には、もっといいのを描く。」
 老人は呟くように言いながら、立ち上がって帯を解いた。
 老人は褌《ふんどし》をしていなかった。白毛を冠った睾丸がぶらぶらとさがった。私はおかしくなって笑った。父と母とは、私の笑うのがおかしいように見せかけて笑った。
「何もおかしいことはないのじゃ。睾丸は誰にもあるのじゃからの。」と老人は言った。
 母は奥から、新しい晒《さら》し木綿《もめん》を持って来て、再度生《にとせ》老人に渡した。老人は、綿入れと褌とで、すっかり温かくなったと言って、欣《よろこ》んで帰って行った。

 私はそれからもたびたび寺へ遊びに行った。そして、そのたびに、自分の家から卵を盗んで行ったり、自分の小遣い銭で「バット」を買って行ったりして、
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