撫でたりした。
「爺様《じんつぁま》。寒くねえんですか?」
 私の父は、彼が湯から出て、また炉傍《ろばた》に座って身体を揺り始めた時、やさしいいたわるような声色《こわいろ》で訊いた。
「寒い。寒いが、着物がないから仕方がない。」
 再度生老人は、笑いもせずに、真面目《まじめ》な顔で言った。
「そんでも、襖《ふすま》の絵でも描《か》いたら、着物の一枚や二枚は、すぐ出来るだろうがね。」
「それはそうだ。けれども、そんなことを思っていては、ろくな絵はかけんからのお!」
 言いながら再度生老人は、白い煙のような頤髯《あごひげ》を撫でた。
 私は、そんなことを思うと、どうしてろく[#「ろく」に傍点]な[#「どうしてろく[#「ろく」に傍点]な」は底本では「どうしてろ[#「てろ」に傍点]くな」]絵が描けないのだろうと思った。そんなはずは無いようにも思ったが、この老人の言うことに、間違いは無いようにも思われた。
「わしに、煙草を御馳走してくれるかな。」
 再度生老人は、私の父に言った。
「さあ。どうぞ、どっさり……」
 父は煙管《きせる》を拭いて彼に渡した。
「わしは、煙草を買う金もないほど貧乏してい
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